日本的な趣味

僕が日本語を勉強しはじめた理由は、元々は柔道の規則や専門用語の理解のため。中学生の頃のことだ。柔道の先生が技のやり方とか上手に教えてくれたが、「ウチマタ」や「イッポンセオイナゲ」などの日本語の言葉を翻訳することはできなかったから、僕はがっかりした。
だから、大学生の時に日本語を習おうと決めた。始めたとたんに、日本語に興味が沸いてきた。一ヵ月後には勉強するのが大好きになっていた。

数年後、書道に出会った。漢字の勉強に深い興味があったので、書道も好きになった。左の「丸」は自分で描いたもの。なかなか上手にかけているように見えると思うけど、実は丸という字、千回目の作品だ。書道八段の渡辺宏成先生のおかげです。

心技体

14歳から30歳ごろまで、柔道をやっていたんだ。柔道のおかげでスポーツマン精神や自己鍛練という価値を習えて、心得たんだ。道場の中で人間交流の大事なレッスンのなにかも習えたんだ。
一番大切なのは、柔道の創始者の嘉納治五郎先生が決定してくれた金言: 心技体。この柔道家のモットーはすばらしいね。柔道をやらないことになったが、今までもよく「心技体」について行く。
仕事にしろ趣味にしろ、心置きなく技と体を使っている。

自己紹介

僕は、フィリピン共和国ダバオ市に住んでいる丸。数年前、日本人の友達、三宅一道、が僕にこのあだ名をつけてくれたんだ。フィリピン人だが、日本語を10年間以上で勉強している。最初に日本語を習ったのは、アテネオデマニラ大学の時代、副専攻として取ったんだ。それから、自分で学んで、そして2002年から2004年までミンダナオ国際大学で日本語学を勉強し続けた。
なぜ僕が日本語を習うのかを説明したいと思う。さて、始まりは14歳のころ。その時、柔道に興味があり始めた。数年前、ダバオでは柔道は人気があるスポーツだった。日本の教え方に比べられないけど、先生たちがうまいと思った。しかし、柔道用語は説明できなかった。世界のどこでも、柔道にある技の名前やルール用語などは日本語で紹介されることになっている。外国語が興味深い僕は、当たり前だが、「ウチマタ」とか「ハダカジメ」という言葉を理解したかったが、先生は通訳できなかったので、がっかりした。まもなく、日本語ができる決心がやってきた。だが、勉強の始まりが3年間かかった。
現在、日本語を教えていて、ダバオに住んでいる日本人に英語を教えもしている。さらに、僕は情報技術産業のコンサルタントとして働いている。
日本に行ったことがない。いつの日か行きたいが、いつ行くかをまだ決めていない。日本でもっと日本語を練習したいと思うのみならず、日本文化を体験したいんだ。