【下記は、2004年にマニラで行われた日本語スピーチコンテストで僕が発表したスピーチです。自分でテーマを決めて、そして草稿をつくった。それで、澤村信哉先生(僕のとても偉い日本語教師の一人)がスピーチを洗練してくれた。】
マルコスの時代から、すでに20年ぐらい経ちましたが、他の東南アジアの国に比べて、フィリピンは経済的にまだ発展していません。社会的な問題や景気の悪さで、たくさんのフィリピン人が国を去ることを選んでいます。残念ながら、フィリピンには、自分に合う仕事を見つける機会がほとんどないのです。だから多くのフィリピン人は、よりよい生活のために海外へ行かなければなりません。ここに残っていたら、家族と飢えを凌ぐことしか出来ません。
海外で働いているフィリピン人は「英雄」と政府に見なされています。なぜかというと、彼らの家族への送金がフィリピン経済を支えているからです。これは、海外で働いている人たちがいい仕事を見つけられていることを意味します。例えば、アメリカの病院は、常にフィリピンの看護士を受け入れています。イギリスの病院にもフィリピンの看護士はたくさんいます。最近では看護士だけでなく、医者も外国で働けるようになりました。そして、サウジアラビアの石油会社には、多くのフィリピンのエンジニアとスキルのある労働者が勤めています。もちろん、船員たちも様々な国の船会社で仕事をしています。どの国でも、フィリピンの専門家は勤勉だし、あまり文句を言わないので、同僚や目上の者に気に入られています。
日本では、そこにいるフィリピン人のほとんどが「ジャパユキ」だという事実から、たくさんの日本人が、フィリピン人に対して、偏見を持っているそうです。いかがわしい仕事をさせられていますから、彼女たちは差別されているようです。日本に行くビザがこの問題の原因だと思います。今は、日本はエンターテイナー以外のフィリピン人は、ほとんど受け入れないそうです。しかし最近、私はダバオに来た日本の政府関係者と話す機会がありました。その人たちは、今後フィリピン人のために日本で働くチャンスを広げていくと言いました。もしそうなら、この偏見の問題は少しずつ解決していくでしょう。
とは言うものの、言葉の問題がありますから、日本語が出来ない人は一流企業で働くことは出来ません。ですから、ぜひ、いい日本語教育が必要です。今、日本語を習いたがっている人は大勢いますけれども、フィリピンにはいい日本語の先生が不足しているように思います。だから私は、自分が日本語教師になろうと思っています。私の夢は、高校生の時から、先生になることなのです。そのためにも、大学を卒業したら、日本へ行くつもりです。将来ダバオで上手に日本語を教えられるように、日本でもっと日本語を勉強したいと思っています。いつかプロフェッショナルのための日本語学校を作りたいと思っています。これからのフィリピンは、日本語教育の時代です。それは、いいビジネスにもなるし、多くのフィリピン人の夢を実現することにもなるし、フィリピンと日本の友好関係にも貢献できることになる、と確信しています。
最終的に、日本に専門家と教育を受けた労働者を送れたら、フィリピン人のイメージは、大いに改善されるようになるでしょう。





フィード